村上春樹ゆかりの千駄ヶ谷で
風の歌を聴きながら夢をめぐる冒険の旅に・・・さぁ出発しましょう

  • 千駄ヶ谷はピーターキャットを開いた街です
  • 千駄ヶ谷は小説を書き始めた街です
  • 千駄ヶ谷は住んだことがある街です
  • 千駄ヶ谷は群像新人文学賞をいただいた街です
  • 千駄ヶ谷は世界の作家村上春樹誕生の街です

ピーターキャット

昭和49年、国分寺でピーターキャットの名でジャズ喫茶を開店。オーナーとして出発(「ピーター」は学生時代の飼い猫の名前から)。昭和51年頃、千駄ヶ谷に移り、ピーターキャットも移転。そして、その2年後に小説を書き始め、「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。小説家として千駄ヶ谷よりデビュー。

鳩森八幡神社(神社内、富士塚)

春樹さんは、『僕の出発点は千駄ヶ谷の鳩森神社です。神社の隣に住んでいて、神社の庭に座っているといつも「ほっと」した気分になる僕の一番好きな場所です。僕は何かした特別な力によって小説を書くチャンスを与えられているような気がします。それは今でも一番大事にしています』と言っています。
鳩森八幡神社へ来て富士塚に登るときっとパワーがもらえるかも!!

紅葉不動産と プリンスヴィラ 、外苑パークホームズ

春樹さんが千駄ヶ谷に移り住むにあたって、お店、住居はすべて紅葉不動産の先代の社長さんがお世話をしました。初めの住まいのプリンスヴィラは社長さんの住まいの2階建てアパート。それから、その隣の外苑パークホームズの○○号に。そちらも社長さん所有の部屋です。社長さんが存命であれば、いろいろこぼれ話が聞けたでしょう。残念です。
ここで、春樹さん自身がキッチンテーブルの小説と呼んでいる「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」を書きました。

ナカ理容室

「村上朝日堂」などで春樹さんは次のように書いています。『僕の行きつけの床屋さんは千駄ヶ谷にあるナカ理容室です。藤沢、習志野に移り住んでも、片道1時間半かけて通っていました。』

バーバーバー

現在、ナカ理容室から独立してバーバーバーを経営している大内さんが、春樹さんの髪を7年間近くずっと担当していました。バーバーバーにはサイン本もあります。

千駄ヶ谷小学校の茂みから原宿へ

『僕は朝、奥さんと鳩森神社を通り、明治通りに入り、小学校の方へ散歩に出かけました。そのとき、小学校の茂みに一羽の伝書鳩が怪我をして座り込んでいました。僕はそれを原宿の交番に届けました。その時、僕はなんとなく群像の新人賞が取れるかも、作家として生きられるかもと思いました。』

明治神宮球場

『僕は「大」のヤクルトファンです。万年Bクラスの頃から外野席に寝転んでビールを飲みながら応援していました。1978年4月のよく晴れた午後、ヤクルト対広島カープ戦の時、僕の身に何かが起こりました。天からヒラヒラと、僕の手に何かが降り注いできたのです。突然啓示があったかのように「小説を書こう」と思ったのです。この年、ヤクルトは日本一に。僕は「風の歌を聴け」でデビュー、千駄ヶ谷から作家として出発したのです。』

外苑の絵画館前 一角獣の像

春樹さんの小説の中にはよく一角獣が書かれています。その中でも、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の場所設定は千駄ヶ谷と思われ、「世界の終わり」の国は一角獣の国と描かれています。また、「女のいない男たち」では、一角獣は孤独の象徴として描かれています。

ヤクルトの『ツバメ』、神社の『鳩』、外苑の『一角獣』、これらはすべて平和と愛のシンボルです。